発信よりも大切なたった一つのこと

おはようございます。ダイナミック忍者(@dynamic_ninjya)です。

今日は情報「発信」について考えてみます。

情報というとたいそうに聞こえるけど、ブログ、Facebook、ツイッター、インスタグラム等での投稿のことです。

投稿の目的なんか人それぞれやし、SNSに投稿してるからどう、ってこともない。

SNSではバンバン想いを投稿していても、身近な人に想いを伝えられてなかったら、心地よくオモロくは生きられへんとも思う。


ただ、僕がブログやツイッターで発信するのは、

良いと思うものは共有したいし、シェアして喜んでもらえると嬉しいからです

「いいね」がいっぱい付けば嬉しいし、それが誰かの役に立ったりした日には泣きそうになる。

ただ1つ気をつけているのは、「いいね」の数にとらわれないこと。

多いときはええけど、少なかったらヘコむ。

「ええ投稿ができた!」という時に限って、いいねは少ないから尚更。

以前、僕の後輩がこんな名言を吐きました。

「いいねは氷山の一角」

確かにそうかも知れん。

反応はなくても、見てくれてる人は存在する。

反応してくれる方が嬉しいけど、「氷山の一角」やと思えたら、慰めと勇気になる。

だから、「いいねの数」をあまり気にせず、その発信の向こう側にいる人を想像して投稿するように心がけている。

以前投稿した、このキャベツの裏側。

キャベツ生産者にとっては何のこともない、ただの根っこやけど、普通の生活をしていたら、この「裏側」を見ることはないやろう。

自分の日常は、誰かの非日常。

とはよく言ったもので、自分が当たり前やと思っていることでも、誰かにとっては珍しく、喜んで貰えたりもする。

だから、投稿の向こう側におる人を思い描きながら、自分が普段感じていることを気負わず力まず発信すればいい

それに、「誰かに伝えたい」と発信のネタを探しながら行動するのは、相手の立場に立った目線で物事を見る訓練になる。

これはあの人にとっては珍しいんちゃうかな?

こんな風に伝えたら喜んでもらえるかもな?

そういう相手への心配りがSNSでも大事やし、そういう発信は伝わりやすい。

でも、「ネタ探し」に夢中になりすぎて、今を楽しめなくなったら本末転倒。

良いと感じたこと。

すごいと感動したこと。

めっちゃ嬉しかったこと。

感じた熱量があるから人に伝わる。

とあるセミナーで、投稿に夢中になってスマホばっかりイジってる人がいた。

僕が不器用なだけかも知れんし、その人の投稿で喜んでいる人もおるやろうから、一概にはなんとも言えんけど、「情報の発信や受信」に夢中になりすぎることの弊害を見た気がした。

あの人は、あの場を感じられてたんかな?

まぁその人に目が向いてる時点で、俺も同じやけど。笑

正確かどうかはともかく、ほとんどの知識はグーグルが教えてくれるし、そのうち自動翻訳が進化して語学スキルも要らんようになるかも知れん。

どんどん国境みたいなもんはなくなる。

そんな時代に必要なのは、知識とか情報じゃなくて、

五感 やと思う。

おもろい、うまい、好き、楽しい、心地ええ。


それらをありのままに感じ、共有する。


相手の気持ちを想像し、認め、押し付けない。

それが健康にオモロく生きる秘訣やと思う。

英語力や知識がもてはやされたグローバル社会。

その枠組みを超えるから「超グローバル社会」と名付けよう。

人間は元々、組織とか社会よりもっとデカイところに属している。

自然の中で生かされている。

そういう意味では進化じゃなくて、原点に戻ってるだけなんかもなぁ。

「あの人かわいいなぁ」という五感に素直になりすぎて、不注意でトラクターごと川に落ちてしまわないように気をつけよう。。

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